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札幌地方裁判所 昭和50年(ワ)3037号 判決

原告

渡辺キミ子

被告

株式会社天下商店

ほか二名

主文

被告株式会社天下商店および同天下稔は、各自原告に対し、金八六五万二〇四九円、およびうち金七六五万二〇四九円に対する昭和四九年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告株式会社天下商店、および同天下稔に対するその余の請求、ならびに被告渡辺功に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを七分し、その四を原告の負担とし、その余を被告株式会社天下商店、および同天下稔の負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは、各自、原告に対し、金四〇四〇万五八四〇円、およびうち金三七八〇万五八四〇円に対する昭和四九年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  本件事故の発生

原告は、次の交通事故により傷害を受けた。

1 発生日時 昭和四六年一一月二八日午後六時三五分ころ

2 発生場所 北海道千歳市平和無番地先国道三六号線道路上(以下、本件道路という)

3 運転者および加害車両

イ 被告天下稔、小型貨物自動車(札四な三九一六号、以下乙車という)

ロ 同渡辺功、普通乗用自動車(室五み六八三号、以下丙車という)

4 被害者 原告、訴外渡辺至運転の普通乗用自動車(室五ふ七八一〇号、以下甲車という)に同乗

5 事故の態様

イ 被告天下稔は、乙車を運転して本件道路上を苫小牧方面から恵庭方面へ向け時速約四〇キロメートルで進行中、右横向となつて滑走し、反対車線を対向進行してきた甲車に衝突した。

ロ 又、被告渡辺功は、丙車を運転して時速約五〇キロメートル、甲車との車間距離約一〇メートルでこれに追随して進行中、右衝突のため、停止寸前の甲車に追突した。

6 結果

右衝突および追突のため、原告は、右大腿骨複雑骨折の傷害を負い、別表1記載のとおりの治療を受けたが、この結果、右足は四センチメートル短縮し、かつ右膝および同股関節の機能に著しい障害を残している(後遺傷害等級第八級該当)。

(二)  責任原因

1 被告株式会社天下商店(以下、被告会社という)は、乙車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたものである(自賠法第三条本文)。

2 被告天下稔は、乙車を運転するに際し、当時路面が凍結していたのであるがら、すべり止の処置(スノータイヤまたはタイヤチエーンの装着)をする義務があるのにこれを怠つたため、本件事故を惹起したものである(民法第七〇九条)。

3 被告渡辺功は、丙車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたものである(自賠法第三条本文)。

(三)  損害

原告は、本件事故による傷害のため次の損害を被つた。

1 治療関係費

(1) 医療費 二七八万五三一〇円

(2) 付添看護料 五〇万二六〇〇円

原告は、医師の指示に基づき、別表1記載の期間親族の付添看護を受けたが、右付添看護料は入院一日につき金一三〇〇円、通院および自宅付添一日につき金六〇〇円である。

(3) 入院諸雑費 一〇万八三〇〇円

原告は、別表1記載の入院期間中、一日平均金三〇〇円の諸雑費を支出した。

(4) 通院交通費 八万五四四〇円

原告は、別表1記載の期間通院したが、歩行が困難であつたためタクシーを利用し、一回(一往復)金三二〇円のタクシー料金を支出した。

(5) マツサージ器購入費 三万九五〇〇円

2 得べかりし利益の喪失

原告は、昭和四年一一月二七日生れの健康な女性であつて、旧制高等女学校卒業後直ちに小学校教師となり、本件事故による受傷のため退職するまで、小学校教諭(一級普通免許状保有)として勤務したものである。

(1) 休業損害 一一六万一一〇九円

原告は、昭和四六年一一月二九日から昭和四九年三月三一日まで休業し、これにより、別表2記載の損害を受けた。

(2) 労働能力喪失による損害

原告は、前記後遺障害のため教職に復帰することが不可能となり、昭和四九年三月三一日退職の止むなきに至つた。そのために生じた損害を昭和四九年四月一日の時点において計算すると次のとおりである。

イ 給料等の損害 二九七七万八三八七円

(イ) 原告は、「市町村立学校職員給与負担法に規定するする学校職員の給与に関する条例」に基づき給料の支給を受ける者であるところ、小学校教諭が永年勤続し、勧しようをうけて退職する年齢は通常六〇歳であるから、原告も本件事故により受傷しなければ右年齢まで勤続して所定の給料が得られた筈であるが、これを控え目にみて五七歳の年度末をもつて退職するものとして計算すると、三六二六万九五七一円となる(別表3の1)。

(ロ) 原告の本件事故による後遺障害は、第八級に該当するから、その労働能力喪失率は四五パーセントであり、この障害は終生継続する。そこで、原告の右退職時までの残存労働能力を昭和四八年賃金センサス第二表の女子労働者、旧中、新高卒、企業規模計によつて算出すると、金六四九万一一八四円となる(別表3の2)。

(ハ) 原告の給与等損失は、右(イ)から(ロ)を控除した二九七七万八三八七円である。

ロ 退職手当損害 四三五万五五九七円

原告は、本件事故により退職し、前記条例第四条第一項および同条例附則第三項により退職手当の支給を受けたが、原告が五七歳まで勤続し勧しようを受けて退職すると、その手当は、右条例第五条第一項および同条例附則第三項により支給される。結局原告はその差額四三五万五五九七円の損害を受けた(別表4)。

ハ 退職年齢後の損害 二〇八万三九二三円

原告の退職年齢後、就労可能年齢六五歳までの逸失利益を前記イの(ロ)の基準により算出すると二〇八万三九二三円となる(別表5)。

ニ 退職年金損害 一九三万六九三四円

原告は、後遺傷害による廃疾者として、地方公務員等共済組合法により、退職の翌日から年金の支給を受けているが、前記退職年齢(五七歳)まで勤続し勧しようを受けて退職した場合にうけられる年金との差額一九三万六九三四円の損害を受けた。

3 慰藉料 四〇〇万円

原告は、本件事故による入・通院期間中、甚大な精神的苦痛をなめたばかりか、その後遺症は終生継続する。したがつて、慰藉料は、右額が相当である。

4 弁護士費用 二六〇万円

原告は、昭和四九年一〇月一〇日、本件訴訟追行を原告代理人に委任し、着手金として金六〇万円、成功報酬として金二〇〇万円の支払いを約している。

5 損害の填補 九八一万〇三一〇円

原告は、次のとおり弁済を受けたから、損害に充当する。

(1) 治療費 二七八万五三一〇円

(2) 自賠責保険金 五〇四万円

(3) 被告会社または被告天下からの受領分 一九八万五〇〇〇円

(四)  結論

よつて、被告らに対し、各自、右損害合計金四〇六二万六七九二円のうち金四〇四〇万五八四〇円、および右金員から弁護士費用を控除した金三七八〇万五八四〇円に対する昭和四九年四月一日から完済に至るまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁および主張

(被告会社および被告天下稔)

(一) 請求原因(一)の1ないし5の事実は認める。同6の事実中、原告が負傷したことは認めるが、その程度は知らない、傷害が後遺傷害等級八級に該当することは否認し、その余の事実は知らない。

(二) 同(二)の事実は認める。

(三) 同(三)の事実について

1 同(三)1の治療関係費については知らない。

2 同2の事実は否認するが、原告が本件事故当時小学校教諭であり、その主張の条例に基づき給料の支払を受ける者であることは認める。なお、原告は、小学校の教員であり、その業務の内容からみると退職を必要とする程度の傷害(後遺傷害)を受けていないから、本件事故による負傷と、原告の退職による損害とは因果関係を持たない。ちなみに、原告は、本件事故から三年近く経過後の昭和四九年に、中学教員の免許を取得している。

3 同3の事実は否認する。

4 同4については、委任契約の事実は認め、その余は知らない。

5 同5の(1)ないし(3)は認める。

(被告渡辺功)

(一) 請求原因(一)の1ないし5の事実は認め、同6の事実は知らない。

(二) 同(二)の事実は認める。

(三) 同(三)の事実について

1 同1ないし3は全部否認する。

2 同4については、訴訟委任の事実は認め、その余は知らない。

3 同5の(1)ないし(3)は認める。

三  被告らの主張

(被告会社および被告天下)

被告らは、原告が請求原因(三)5の(3)の金一九八万五〇〇〇円をこえる金二一三万五〇〇〇円を支払つているので、その差額金一五万円を本件事故による損害からさらに控除すべきである。

(被告渡辺)

(一) 本件事故は、被告天下の一方的な過失によつて惹起されたものであるから、被告渡辺には、何等の責任がない。すなわち、被告渡辺は、丙車を運転し、本件道路を苫小牧方面に向け時速約五〇キロメートルで進行していたが、当時路面は凍結状態となつていたため、スパイクタイヤを装着し、同一方向に先行する甲車との車間距離を約一〇メートルに保つて走行していたところ、被告天下は、スノータイヤ等の交換をするなどしないで、恵庭方面へ向け時速四〇キロメートルで走行を継続したため、後部車輪がスリツプして突如として反対車線に飛び出し、対向の甲車両と衝突したので、被告渡辺は、その直前危険を感じ進行方向左に転把するとともに急制動の措置を講じたが、甲車が右衝突と同時に急停止の状態となつたため避け切れず、停止寸前に甲車の左側後部に追突したものである。ところで、道交法第二六条(車両距離保持)における急停止とは、本来先行車が自己の制動機の制動力によつて停止することのみを意味し、それ以外の異常な急停止を含まないものと解釈すべきであるが、仮にこれが含まれるとしても、一切の急停止という無制約のものでなく、通常人として当然予見できる急停止かどうか、あるいは、その急停止が交通の信頼の原則を破らない程度のものかどうかを判断基準とすべきところ、右被告天下の走行による飛出しは予見不可能であり、かつ、かかる事態は、交通の信頼の原則に違背するというべきであるから、被告渡辺には、本件追突を回避しうる車間距離保持の義務はなく、従つて、右追突について過失がないというべきである。

(二) 仮に、被告渡辺について過失が否定されないとしても、本件追突事故と原告が主張する傷害との間には因果関係がない。すなわち、仮に原告の主張する右側大腿骨々折およびそれに伴う後遺症の障害が認められるとしても、右傷害は、乙車との強度の正面衝突により甲車のフロント部分、助手席等が押しつぶされ、その結果、原告の右大腿部がダツシユボード付近に挾まれて生じたものである。しかも、乙車は、右正面衝突後回転しながら、さらに甲車の後部右側部分に激しく衝突しており、原告の受けた大腿骨々折等の傷害は、右乙車との右各衝突が原因である。被告渡辺は、乙車がスリツプして甲車の進行方向に向きを変えたと同時に衝突の危険を察知し、急ブレーキとハンドル操作を的確に講じたため、殆んど停止する寸前に追突したに過ぎない、従つて、本件追突事故による衝撃は殆んどなく、また、甲車の破損状況も後部左端の一部にとどまり、極めて軽微であつた。このことは甲、丙車の各同乗車に頸椎捻挫等の傷害を受けた者がないことからも明らかである。そうすると、本件追突事故が本件骨折傷害の直接の原因でないのはもちろん、右傷害を悪化させ、その後遺障害の発生に影響を及ぼしたものと考えることはできない。

(三) 被告渡辺に賠償義務が認められるとしても、同被告は原告に対し、金二一八万円(自賠責保険うち金一六八万円は後遺症分)を支払つているところで、この点で、被告らの主張に摘示の被告会社らの主張を援用する。

四  被告らの主張に対する原告の認否

(一)  被告らの主張の被告天下ら主張事実(従つて被告渡辺主張(三)の事実、もつとも、被告渡辺の主張する自賠責の支払いはすでに控除ずみである)は認める。

(二)  被告渡辺の主張(一)は争う。先行車の直後を追従する際必要な車間距離は、制動機の制動力による場合のみならず、異状な停止も含むものであり、これと追突を避けうるに必要な距離であるから、被告渡辺の保持した車間距離一〇メートルは過少というべきである。

(三)  被告渡辺の主張(三)の事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

請求原因(一)1ないし5の事実は当事者間に争いがないので、本件事故の態様について、さらに審究する。

成立に争いのない甲第一六号証、乙第一号証の一ないし四、同第二ないし第七号証、原告本人、ならびに、被告渡辺功本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。本件事故現場附近は、非積雪時には、西北から東南に通ずるアスフアルト舗装の平坦かつ直線の道路(国道三六号線)で、幅員約六・六メートル、その両側に、右走行道路より約三センチメートル低く、二・二メートルの路肩部分があるが、本件事故当時は、暗く、雪が降つており、道路はその雪が踏み固められた状態で凍結した路面となり、道路中央線、道路外側線も不鮮明で、滑走し易い状態であつたこと、被告天下は、乙車(夏タイヤーを装着)を運転して、右道路を約四〇キロメートル毎時の速度で西北方に向け進行中、進行方向左側路肩部分に、自車左車輪をとられて制動をかけたため、衝突地点約一三メートル東南附近でその後輪が左に振つて斜めとなり、その態勢をたてなおすことができない状態のまま、右斜めに滑走し、道路中央部を超えて安定を失い、同車左前部を甲車に衝突させたうえ、そのはずみで乙車後部をさらに甲車に衝きあて(衝突は二回)その後なお約一六メートル滑走して、右道路南側に停止したこと、訴外渡辺至は、甲車(原告がその助手席に同乗)を運転し、五〇ないし五五キロメートル毎時の速度で、右道路を東南方向に進行中、その十数メートル前方で、対向車の乙車が、道路中央附近から斜めに甲車の進行車線に入つてくるのを認めたが、有効な避譲措置もとれないまま、乙車と衝突し、さらに、再度乙車後部にあてられた後、六ないし七メートル左斜めに進んで、右道路路肩部分にはみ出して停止したが、その直前丙車に追突されたこと、被告渡辺功は、丙車(スパイクタイヤーを装着)を運転し、右甲車に追従して、その車間距離を約一〇メートルに保ち、右甲車と同様の速度で同方向に進行中、右乙車の飛び出しによる甲・乙車衝突の危険を感じ、左に転把しざま急制動の措置をとつたが甲車左後部に、停止直前となつた丙車の右前部を追突させ、右甲車を約一メートル前方に押しやつて停止したこと、以上各衝突の結果、甲車両は、その前部フエンダー、ラジエーター、エンジン部が大破して、全損として修理不能となり(もつとも、損害約二五万円と査定されたことがある)、又、その後部左右フエンダー等が破損し、乙車は、左前部前照燈、フエンダー、および、左後部フエンダーが大きく破損し、さらに、両車は、右バンパー、フエンダー部が若干破損し、修理代として金二万四〇〇〇円を要したこと、右各衝突による負傷の状態は、甲車の運転者渡辺至が顔面およびあごに傷を受け、全治三週間の頸椎捻挫の診断がなされているほか、同車助手席に同乗の原告は、右大腿骨転子下骨折の傷害を受けたが(その詳細は後に定めて認定する)、原告は、その状況について、乙車との衝突により腰、右膝部に強い衝撃を感じたが、その後は別段の衝撃を感じなかつたもので、座席の椅子が前方に押しつぶされ、右椅子とカーステレオ(ダツシユボード)間に原告の下半身がはさまれたかつこううになつていたと述べていること、ついで、甲車に同乗の訴外渡辺正雄は足の打撲(三日間入院後通院)、同訴外渡辺ハルは腹部打撲(約三か月入院後通院)を受けているが、丙車には子供らが同乗していたが、被告渡辺功を含めけが人はなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

二  被告らの責任

(一)  原告と被告会社および同天下との間で、それぞれ請求原因(二)1および2の事実は争いがないから、被告会社は、乙車の運行供用者として、自賠法第三条本文に従い、又、被告天下は、民法第七〇九条に基づき、本件事故により原告が被つた損害を賠償する義務がある。

(二)  原告と被告渡辺功との間で、請求原因(二)の3の事実について争いがないので、同被告の免責の抗弁について検討するに、道路交通法第二六条は、同法所定の後行車両の追突による交通事故防止のため、専ら先行および後行車の関係において、後行車両の運転者に対し、その速度ないし道路状況に応じ客観的に認められる車間距離保持の義務を規定するものであり、かつ、右条項における急停止について特段の制限がない以上、右急停止とは、先行車の制動機の制動によつて停止する場合に限らず、道路の瑕疵、先行車の他の車両等との衝突による一切の停止を含むものと解するが相当であり、これらの態様、ないし、これについての予見可能性の有無をもつて急停止に該当するか否かの基準とすることはできないというべきところ、前示一で認定の事実関係によれば、被告渡辺功は、夜間凍結の路面を、甲車との車間距離約一〇メートルを保持しながら、五〇ないし五五キロメートル毎時の速度で走行を継続し、先行甲車の乙車との衝突の危険を認めて急制動の措置をとつたが、甲車が乙車と衝突して停止の直前、減速して停止直前の丙車前部を、甲車後部に衝突させたものであるから、かかる道路の状況、走行速度に照らせば、被告渡辺による車間距離不保持の過失は明らかである。

しかしながら、前示認定の事実関係によれば、甲車は乙車と正面衝突し、ついで、さらに回転する乙車による強い衝撃を加えられているもので、その衝突個所の損傷は重大であり、かつ、甲車の同乗者らもそれぞれに傷害を受けているのに対し、丙車の甲車への追突の態様は停止直前であつて、同衝突個所の損傷も軽微であつて、丙車の同乗者に傷害を受けたものがないい等の事実、および、前示原告の受傷の状況を総合すると、原告の大腿骨転子下骨折およびそれによる治療の長期化は、すべて乙車との二回の衝突に起因するものというべく、丙車の追突による影響はこれを肯認し難いから、結局、丙車による追突と原告の骨折傷害の結果との間に相当因果関係を認めることはできない。

してみると爾余の点判断するまでもなく、原告の被告渡辺功に対する請求は理由がないといわなければならない。

三  原告の損害

(一)  治療関係費

成立に争いのない甲第二号証の一ないし六、同第三号証の五、乙第六号証、および、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により、右大腿骨転子下骨折の傷害を受けて王子総合病院に入院のところ、右大腿上中三分の一に腫脹等が認められ、同四六年一二月三日、同病院で観血的整復術を実施し、その後歩行不能、右大腿骨変形、機能障害を伴つていたが、同四七年一月一三日退院し、同月一七日、日本製鋼所総合病院へ転院し、右大腿骨々折のほか血清肝炎なる病名が付加され、同年七月一日再入院のうえ同一三日、再手術を実施して患部にキンチヤー固定を行なつているところ、昭和四八年一月四日の診断書においても、なお膝運動障害が残るとされ、同四八年八月一六日には、骨癒合は良とされ、同四九年四月二八日ころには症状が固定(右下肢が骨欠損により四センチメートル短縮)しているとみられるところ、同四九年五月一四日の診断書では、原告について手術後ギブスにより歩行禁止のため骨癒合が不良で、さらに、肝機能不全のため長期にわたり安静臥床を要した(労働者災害補償保険一〇級に該当)と要約され、さらに、同四九年一〇月一五日の診断書では、職場転換を考えることにより軽勤務ができる状態となるとされ、地方公務員共済組合法別表第四の廃疾の程度として三級一四号とされていること、および入・通院期間等に関する原告主張の別表1記載の各事実が認められ、甲第三号証の七(一部)もこの反証となりえず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。よつて、検討するに

1  成立に争いのない甲第四号証の一ないし五、および弁論の全趣旨によれば、原告が本件事故による治療費として金二七八万五三一〇円を要したことが認められ、この反証はない。

2  原告は、前示別表1のとおり付添看護をしたところ、原告の受傷程度、および入・通院治療の経過によれば、その主張の間、要付添看護状態下にあつたと認められ、又、その費用としては、入院時付添につき金一三〇〇円、自宅付添につき金六〇〇円と認めるのが相当であるから、以上合計金五〇万二六〇〇円となる。

3  原告が、右入院期間中、諸雑費を要したことは明らかであるが、右は、一日につき金三〇〇円と認めるのが相当であるから、合計金一〇万八三〇〇円となる。

4  原告が、右通院期間中タクシーを利用する必要があつたと認められるところ、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認める甲第一七号証の一ないし八によれば、一往復金三二〇円を要したことが認められ、この反証はないから、右は金八万五四四〇円となる。

5  原告主張のマツサージ器購入については、医師の指示による等の立証がないので、その相当因果関係を肯認することができない。

(二)  逸失利益

1  成立に争いのない甲第三号証の六(同第一〇号証に同じ)同第五および第六号証、同第九号証の二、同第一三号証の一ないし六、乙第六号証、弁論の全趣旨、および原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和四年一一月二七日生れで、旧制高等女学校卒業後直ちに小学校教師となり、同四九年三月三一日、退職を承認されたが、小学校教諭一級普通免許状を有し、教師として勤務していたことが認められるところ、事故後昭和四六年一一月二九日から同四九年三月三一日まで休業し、これにより、別表2のとおり金二一六万一一〇九円の損害を被つたことが認められ、この反証はない。

2  原告の右退職後の損害は次のとおりである。

(1) 原告が本件事故により、右大腿骨転子下骨折の傷害を受け、その後、入・通院を経て、昭和四九年三月三一日退職したこと、および右骨折手術による後遺症として運動障害が残るが、症状そのものとしては固定しているところ、なお転職による勤務ができる状態であると診断されていることは前示のとおりであるが、他方、成立に争いのない甲第五号証、および原告本人尋問の結果によれば、北海道職員等の分限に関する条例により休職期間を昭和四九年四月三〇日まで延長されているところ、学校等からやめるよう指示されたことはないが、友人、医師らの言に従い自ら退職を決意し、特別昇給を経て職を辞していることが認められるところであるから、以上によれば、原告が本件事故により直ちに退職を必要とする程度の後遺障害を有していたとまでは認めることができないから、これを前提とする退職手当損害、および退職年金損害の差額の主張は、すべて、理由がないことに帰する。

(2) よつて、原告の右退職後における労働能力喪失による損害について考えるに、原告が昭和四年一一月生れである事実を前提とすると、なお二〇年間は可働可能であり、かつ、その有する資格、職歴、および退職時の俸給号俸によれば(原告について賃金センサスによる女子旧中卒等の基準により算定される収益によるのは相当でない。)、一か月平均金一五万円の収入を得ることができたものと認められるところ、前示原告の受傷程度によれば、労働能力喪失割合は三分の一と認めるのが相当であるから、これを昭和四九年四月一日に一時に支給されるものとして、ホフマン式計算法に従い年五分の割合による中間利息を控除して算出すると(係数一三・六一六〇六七)、右は金八一六万九六〇〇円(但し、金一〇〇円未満切捨て)となる。

(三)  慰藉料

本件事故の態様、原告の受傷の程度、入・通院治療の経過、その他本件にあらわれた一切の事情を勘案すると、原告の精神的肉体的苦痛は、金三八〇万円で慰藉されるのが相当であると認める。

(四)  損害の填補

請求原因(三)5の(1)ないし(3)の事実、および被告天下、同被告会社らの弁済の抗弁事実についてはいずれも当事者間に争いがないから(なお、被告渡辺功の弁済の抗弁における金額は、弁論の全趣旨によれば自賠責保険によるものとみとめられるので、原告がすでに主張する控除額の中に含まれているものと解される。)、原告がすでに填補をうけた金九八一万〇三一〇円および、右をこえた弁済額金一五万円を、以上の額からそれぞれ控除する。

(五)  弁護士費用

原告が、本件訴訟を原告代理人に委任し、その主張のような報酬契約を締結していることは、弁論の全趣旨により肯認することができるところ(訴訟委任の点は当事者間に争いがない)本件訴訟の経過、難易、および、認容額等に従えば、右のうち金一〇〇万円をもつて、本件事故と相当因果関係を有する損害と認める。

四  してみると、原告の本訴請求は、被告会社および被告天下に対し、各自金八六五万二〇四九円、および弁護士費用を控除した金七六五万二〇四九円に対する昭和四九年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、右被告らに対するその余の請求、ならびに被告渡辺功に対する請求をいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲垣喬)

別表1 治療状況

〈省略〉

別表2 休業損害計算表

〈省略〉

別表3の1 給料・手当等計算表

〈省略〉

別表3の2 残存労働能力計算表

〈省略〉

別表4 退職手当損害

〈省略〉

3 中間利息控除後(年別ホフマン式)の金額

17,268,451円×0.6060=10,464,681円

4 損害額

10,464,681円-6,109,084円=4,335,597円

別表5 退職年齢後の逸失利益

〈省略〉

別表6 退職年金損失計算表

1 現に受けた年金額

(1) 昭和49年4月1日から 785,539円

(地方公務員共済組合法 第78条同施行法19条)

(2) 昭和49年9月1日から 828,292円

(昭和49年同法改正)

2 昭和62年3月31日(57歳)まで勤続し勧しようにより退職し同年4月1日から受ける年金額

1,951,662円(同法78条)

3 平均余命を32年(第12回生命表)として中間利息を年別ホフマン式により控除すると

1の年金の現価

(1) (785,539円×5/12+828,292円×7/12)×0.9523=810,477円

(2) 828,292円×(18.8060-0.9523)=14,788,076円

810,477円+14,788,076円=15,598,553円

2の年金の現価

1,951,662円×(18.806-9.8211)=17,535,487円

4 損害額

17,535,487円-15,598,553円=1,936,934円

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